フォントサイズ:





 そこそこ強力かつポンチな吸血鬼が現れて馬鹿騒ぎが発生し、居合わせた者の体毛やら衣服やら尊厳やらを犠牲にした挙句、元凶はVRCにしょっ引かれて行った。魔都・シンヨコではお馴染みの風景だ。
 いつもと違ったのは、様々な誤解と偶然が重なった結果、巻き込まれたナギリがヴァミマの店長を助けたかのようになっていた点だ。ナギリにそんなつもりは微塵も無かったが、店長から大袈裟に感謝され、レジ横ワゴンの値引き商品を押し付けられた。
「もう半分過ぎてるけど、中身の消費期限はまだまだ先だから」
 季節商品のため半額、とシールが貼られた箱にはクリスマスツリーの絵が描かれていた。数字のついた小窓を開くと菓子が入っているらしい。
「クリスマスはまだ先じゃないか?」
「早いうちに買ってカウントダウンを楽しむものなんですよ。最初の日付がこれだから、本当は一週間前に売れてなきゃいけなかったんだけど」
 店長が指差したのはツリーの根元、十二と書かれたプレゼントの箱。てっぺんの星に書かれた二十五まで二週間、毎日一つずつ小窓を開けるのが本来の使い方だと言う。
「まあ、今日から毎日二個食べれば前日には追いつくんで!」
 菓子が好きな訳でもないし、売れ残りを押し付けられても困る。そう言って断ろうとしたが、ちょうど今日の日付、十八と書かれた金色の飾りが丸のようだと眺めていたら、いつの間にか受け取ってしまっていた。

 レジ袋片手に寝ぐらへ戻ったナギリは、丸電球の横にカラフルな箱を置いた。裏に貼られたシールには【アドベントカレンダー】と書いてある。成程そういう名前なのか。たった二週間でカレンダーを名乗るとは中々強気だ。
 菓子が食べられない訳ではないが、力を取り戻す糧にはならない。この時期は路地裏に迷い込む酔っ払いも多く、アルコールや脂肪分が過多な点を我慢すれば、人の血にありつけるチャンスは普段よりも多い。やはり今からでも狩に出るべきかと拳を
「辻田さあああああん御無事ですかッ?」
 握ったところで飛び込んできた爆音男の顔面に力いっぱい叩き込んだ。
「うるさい死ね!」
「パンチのキレも素晴らしいであります辻田さん! ところで先程この辺りに辻斬りの気配が! 交戦中かと飛び込んでしまいましたが奴はどこへ逃」
「いや気のせいだろう俺は見ていない」
 不自然なくらいかぶせ気味で返事をしてしまったが、カンタロウは気にしていないようだ。ちょっと気合いを入れただけで辻斬りの気配を察知するとか、こいつの感覚どうなってるんだ。ダンピールより鋭くないか?
「そうですか? ならば近くに潜んで辻田さんを狙っているのかもしれません! 早速この周辺の捜査を」
「あり得ん帰れ! ついでにこれを持って行け!」
 ただでさえポンチとの遭遇で疲れ切っているのに、こいつに連れ回されたら多分死ぬ。ナギリは掴まれた手首を引き抜いて、ヴァミマの店長から貰った箱をカンタロウに押し付けた。二ヶ月くらい前、三人組のガキどもが仮装して押し掛けて来たことを思い出す。お菓子をやるから帰ってくれ。
 しかしナギリが差し出した箱を見た瞬間、カンタロウが虚無顔になった。
「本官知らない人の誕生日には興味無いでありますと言うか誕生日がクリスマスとお正月に挟まれて流されがちまたは合同で祝われがちなのでキリスト氏には若干恨みがありましてそうあれは忘れもしない幼稚園の」
 ノンブレスで語り始めたカンタロウが不気味で距離を取る。何を言っているのかサッパリわからないが、自分の誕生日をクリスマスのついでに祝われるのが気に食わないことだけは伝わってきた。
 こいつの誕生日は不本意ながら知っている。手元の箱に並ぶのは、半ば意味を無くした日付。頭の中で己の思いつきが成立してしまうことを確認したナギリは、一つため息を吐いてからカンタロウに声を掛けた。
「おい、何か書くものを貸せ」
「書くものでありますか?」
 虚無顔のままクリスマス会のビンゴで余った景品を誕生日プレゼント代わりに押し付けられた話をしていたカンタロウが、パチリと目を瞬かせてナギリを見た。
「ボールペンと油性マジック、どちらがいいですか?」
「太い方だ」
「でしたらマジックで」
 箱を覆っていたビニールを破り取ったナギリは、カンタロウがキュポン、と蓋を外して差し出した油性マジックを受け取った。
 ツリーの絵の根元、プレゼントの箱に書かれた十二という日付の上から十八と書く。枝に積もった雪の十三を十九に、赤い木の実の十四を二十に、リボンが巻かれたロウソクの十五を二十一に……と続け、ナギリは最後にツリーのてっぺん、星飾りの二十五を三十一に書き換えた。カンタロウ専用アドベントカレンダーの完成だ。
 これを渡して今日のところはお引き取り願おうと考えたナギリだが、ふと気がついてしまった。誕生日をクリスマスとまとめられるのが悲しい、余り物のプレゼントを押し付けられるのが嫌だ、そう語る相手に差し出すには、この箱には危険な要素が多過ぎる。雑な小細工をした、クリスマスの余り物。多分、渡した瞬間ボガーンされる。絶対にされる。
 ナギリは魔改造したアドベントカレンダーをレジ袋に突っ込み、そっと足元に置いた。中の菓子は後で食べよう。
「返す。もう帰れ」
 カンタロウに油性マジックを返し、背を向ける。
「えっそんな! 辻田さん、あの、それ」
 油性マジックをしまったカンタロウの視線は、レジ袋に釘付けだ。先程までの虚無顔が嘘のような、紅潮した顔でナギリの足元をガン見している。マズい。クリスマス関連物を押し付けようとしたのがバレたのか。興奮で目を見開き、怒るというより喜んでいるように見えてしまうほど顔が引き攣っている。
「気にするな。ただの保存食だ」
「日付をお書きになられていました! 本官の誕生日がゴールでしたッ!」
「この菓子で年を越す計画だから、大晦日をゴールにしただけだ」
「でも先程、これを持って行けって! 本官のですよね? 本官のために日付を直して下さったんですよね?」
 肩を掴まれて正面から向き合う。目を爛々と輝かせ鼻息を荒くしたカンタロウが、まっすぐナギリを見つめていた。怖い。もしやこいつ、怒ると笑顔になるタイプなのか。
「辻田さん手作りのプレゼント、感激でありますッ!」
「違う! 第一、手作りも何も数字を書いただけだ」
 クリスマス関係の物をお前に渡すつもりはないと、何としても示さねば。
「その一手間が重要なんです! それに、本官の誕生日を覚えて下さったなんて!」
「好きで覚えた訳じゃない手を握るな放せ」
「ハッ! 嬉しくてつい!」
 頬を染めてはわわと奇声を発したカンタロウは、両腕を振り回しながら半歩だけ後ろに退がった。嬉しいだと? クリスマス関係の物は嫌なんじゃなかったのか?
「嬉しいついでにお願いがあるのですが」
「どういう理屈だ知らん帰れ」
「そう言わずにどうか! あの! せっかく本官用にしてくださったこれ! ここに置かせて頂いて、毎日こちらに開けに来てもよろしいでしょうかッ!」
「お前用じゃない来るな死ね!」
 思わぬ言葉に面食らっている間に、とんでもないことを言い出しやがった。反射で断るが、勿論カンタロウは聞いちゃいない。
「今日から年末年始辻斬り警戒強化週間ですのでッ! 毎日パトロールを行いますのでッ! 辻田さんをお迎えに上がった際にこれを開けるのが最も合理的かとッ!」
 おい待て毎日来るのか? 俺も同行させられるのか? 大晦日まで? このメチャクチャマンに一晩中連れ回される己の姿を想像しただけで血の気が引いたナギリは、声も出せずに立ち尽くす。
「置き場所は……丸くん電球の隣がいいでありますね!」
 爆音警察官の誕生日仕様に改造されたアドベントカレンダーは、ナギリが呆然としている間に丸電球の横に設置されていた。
「これでヨシ! では辻田さん、早速今夜のパトロールに……」
 放心状態で白目を剥いたナギリの手首を掴んで飛び出そうとしたカンタロウが、不意に踵を返す。
「忘れるところでした! 今日の分を開けるであります!」
 左手はナギリの手首をしっかり掴んだまま、カンタロウが右手でそっと、油性マジックで十八と書かれた小窓を開く。
「ラムネであります! 二つ入りなので分けっこしましょう!」
「いらん放せ!」
「そう言わずに! 辻斬り発見のためには脳への糖分補給も大事でありますよ!」
 ブドウ糖のエネルギー効率の良さを力説してどうにかラムネを食べさせようとするカンタロウと、ラムネを避けながら逃亡の隙を窺うナギリ。攻防を繰り広げつつ暗がりから駆け出して行く二人を、世界一愛らしい丸電球と、プレゼントが一つだけ開いたアドベントカレンダーが見送っていた。



指折り数えて/秋芳




一覧に戻る