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 自動ドアが横に滑り、開ききる前に店内に踏み入る。客の入店を告げる暢気な音を聞き流し、ナギリは真っ先に菓子コーナーへと足を向けた。
 最近はどこでなり、コンビニエンスストアを見かけると用がなくても、ふらりと立ち寄るようになってしまった。
 ソレもコレも、みな、カンタロウのせいだ。表面上は苦りながら、目新しい菓子が並ぶ棚をナギリは視線でなぞっていく。
 ポテトチップス、クッキー、あめ玉に、ガム……。だいたい、どこのコンビニも商品の並びやラインナップはそう変わらない。あとは、プライベートブランド、とかいうそのコンビニ限定のパッケージの物があるが、中身を作っているのは、だいたい大手メーカーだったりする。
 気になる場合はヌ、裏を見ればわかるヌ。ナギリに教えてくれた丸く愛らしい顔がよぎる(それを教えたのは、本当はその愛しい丸みの主人なのだけど)。
 菓子コーナーの一角の小箱が並ぶ棚へ視線を移す。こうなると菓子なのか、玩具なのか、どちらがメインかわからない、ミニチュアのおまけ付きの菓子がいくつかあって、でも、ナギリが当たりをつけた場所に目当ての物は、残念ながら置いていなかった。
 もともと置いていないのか。いや、だとすれば、やはりあっちか。
 棚から目を移し、レジカウンターの方に向かう。カウンターには揚げ物の入ったショウケース、そして、レジとの間におそらくナギリが望む物がありそうだ。売りやすいようにディスプレイを兼ねたフタが立てられた箱に、薄っぺらな四角い小袋が入っている物が陳列されている。幸い、店内には他に客がいないから、気兼ねなく覗きこむことが出来た。
 いくつか似たような作りのパッケージの間に、それはあった。
 ガンダマンウエハース。チョコウエハース一袋に一枚、真四角のシールがおまけでついてくるのだが、開けてみるまで何が入っているのかはわからない。
 ちなみにガンダマンウエハースは、全部で三十種ほど絵柄があって、そのくせ三十袋買ったとしても一向に揃わない、まったく酷いシロモノだ。
 ぴったりつるりとした光沢のあるビニル袋は、絶対に中身が見えない仕様だが、特別なカードには特殊な加工があって、熟練者が袋の上から触ればわかるらしい。そのため、中のウエハースが崩れるほどベタベタ触る輩がいるので、それを防止するために、カード類と同様、一部の店舗では、店員の目が届きやすいカウンターに置かれることが多いのだとか。
 サーチ行為は違法であります! 鼻息荒くカンタロウが言っていた。
 たかだかこんな紙切れの何に熱中しているんだ。まったく、くだらん。こんなもの。
 だいたいおまえ、おまけのシール欲しさで、ウエハースをないがしろにしやがって。ウエハースは飽きたとかぼやきながら懲りもせず、一袋買えたと喜んで、中身を確認しては、一喜一憂しているカンタロウのこどもじみた顔が浮かんで消えた。
 しかし、このガンダマンウエハースとやら、売れ行きがいいのか、それともそもそも最初から数が少ないのか、行動範囲内のコンビニではめっきり見かけなくなったとカンタロウが嘆いていた。復刻版? とか、どうしても欲しいシールが出てくれなくて、重複したものは、交換に出したりしているらしいが、出にくい、珍しいシールというのがあって、カンタロウはなかなか手に入らないソレを諦められないでいる。
 あいつは、吸血鬼以上にひとつのモノに執着する。そういうヤツだ。欲しい物は、是が非でも欲しがって、手に入れたい。
「あのぅ。辻田さん……もし、どこかで見かけたら……」
 買っておいて欲しいと乞われ、知るかと突っぱねたくせに、ナギリは入ったことのないところや、普段立ち入らないコンビニを思い出しては立ち寄って、ガンダマンウエハースを探すようになってしまった。
 クソッ、なんで、この俺が。
 あのな、おまえ。だったら、買えばいいんじゃないのか。あるんだろ、そういうの。オークションとか、フリマサイトとか。あとはカードショップというのがあるくらい、ナギリだって知っている。もういっそ、欲しがっている一枚でも買ってやろうか、俺が。誕生日なんだし、もうじき……あと、半月もしないで。
 ものはためしで、「選んで買えるんじゃないのか」とナギリがそれとなく言ってみたら、
「いや、それは、違くてですね、辻田さん」
 ため息交じりに頭を横に振ったカンタロウの顔が、無性にムカついて、プレゼントについては飲み込んだ。
 ほんのちょっと前のことだ。
 だが、ソレはソレとして、買い物ついでの顔をして押しつければ「これを、本官のために……?」喜ぶ顔が浮かんでしまうと、ムカつきは頭の片隅にぎゅっと追いやられてしまう。
 おまえ、俺が渡せば、シール一枚、カード一枚だって、簡単にはしゃぐんだ。わざわざプレゼントなんてもったいつけて、誕生日ってのを祝うって意味なんて、あるのか。
「辻田さんは、引きがいいであります!」
 この間のは、まだ持っていないヤツが入っていたのだと、涙ぐむほどカンタロウは喜ぶ。単純に、あいつが大げさなだけだろう。けれど、さすがだとか、畏怖いと持ち上げられて、いい気になるのは、吸血鬼としての本能でもある。
 いや、だからこれは、たまたまだ。たまたま。丸に会いに行ったその帰り道にこのコンビニが目に入っただけのこと。
 コンビニがあって、一応、見てみたら、こうしてガンダマンウエハースがあっただけのことなのだ。
 箱に手を伸ばす。残っていたウエハースは一袋のみ。他のカード類はまだありそうだが、これはどう見ても底をついている。
 カウンターから背を向けた店員は、壁際のタバコが並ぶ棚をチェックしているらしい。
「お、」
 おい、呼びかけかけて、ナギリは一息後に「あー……あの、」と続けた。
「おい」という言葉は、強すぎる。その気はなくても相手が身構えてしまう。声をかけるときは「あの」とか「すみません」の方がイイ。
「へぇい」
 間の抜けた返事で振り返った店員は、ナギリの顔を見るなり「予約っスか」と言いだした。
「あ?」
 思わず返したら、ぽかんとした様子で店員は首を傾げる。
「予約……え、ケーキの?」
 それ、と言わんばかりに、そいつは、視線をちらりとカウンターに落とした。つられて見れば、カードが並ぶその奥(店員から見れば手前)に、丸くて白いのと、細長い茶色いのが並んで置いてある。カードばかりに目がいって、ナギリの認識にそれらは入っていなかった。
「あれ、ケーキ、ご予約、じゃないっスか」
 店員が繰り返す。言いながら、身を屈め、カウンタの内側を何やら探っている。
「えっと、二十三日までの受け取りはもう締め切っちゃったんでー、二十四日か、二十五日受け取り……まぁ、ふつうにクリスマスっすね。でー今年、結構、売れ行きいいんで、終わっちゃってんのもあるんスよ。あ、そのサンプルだったら、まだ大丈夫っスよ」
 すらすら並べ立てつつ、身を起こした店員の片手にはボードと、もう一方の手は、ボールペンの尻をカチリと押す。
「こっちに、」
 差し出されたのは、ボードにのった何かしらの書類だ。枠があるところを見ると、名前や住所を書く必要がある物だろう。
 ケーキだとか、予約だとか店員は言ったが、ナギリはそんな話は一つもしていない。
「……ちがう」
 硬い紙で出来ているらしきボードを掌で押し戻し、ナギリは店員を見た。跳ね返った赤茶の髪の間抜け面は、そういえば見覚えがある。丸の住み処の事務所が近いのもあるが、どちらにせよ、ここらのアホのどれかだ。ぶん殴りたい拳をぐっと押さえて、
「俺が訊きたいのは、コレだ」
 ナギリは手に取っていたガンダマンウエハースを突きつけると、店員はわかりやすく「えー」ともらして、ボードを胸に抱え込む。
 えーじゃないだろ、えー、じゃ。こいつ、店員としての自覚があるのか。だが、ここで喚いてもしかたない。腹から息を吐いて、ナギリは捲し立てたくなる声を抑えて続けた。
「これは、出ているだけか、まだあるなら」
「え、在庫っスか、あー、そこになければ、もう無いっスねー」
 店員は手持ち無沙汰にボードをぱたぱたさせつつ、素っ気なく答える。ない、と言われればないのだ。ないよりは、ひとつでもあるだけいい。
「……なければ、別にいい」
 短く返してカウンターに手に取っていた一袋を置く。店員は手に取った機械でバーコードをピッと読み取った。
「××円っす。袋は?」
「いらん」
「あ、ごいっしょにクリスマスケーキ、いかがっスか」
 しれっと勧めてくる意味がわからない。
「だから、いらんっ。しつこいぞ! だいたいな、なんでケーキなんだッ?」
 目端に見えたカードの並びの奥にある丸くて白いそれが、ニセモノであることくらいナギリは知っている。この時期は特に、コンビニはもちろん、スーパーでもよく見かけるそれが、特別なときに食べる物であることも、ナギリは知っていた。
 丸くて平たい円柱は真っ白で、その上に赤いイチゴがちょんちょんとのる。美味しそうだとかきれいだとか思うよりも、あれをどうやって食べるのかについては、ナギリは知らないできた。丸いものを食べるには、その形を損なわなければならないから。
「……なんで、クリスマスにケーキなんだ?」
 ぽろりと転げ落ちた言葉だった。特別な食べ物を食べる、特別な日をナギリは今まで知らずにいた。
 懲りずにケーキの写真がついた冊子をガンダマンウエハースといっしょに渡してくる店員に、言ったつもりはなかった。
 だから、店員が瞬きに、
「あー、クリスマスだからっスかねぇ」
 と、返してきたのに戸惑った。店員は知らねぇけど、小声で付け足して、唇を尖らせる。それから、なんだっけ。目を泳がせて、そいつは言った。
「クリスマスって、なンか、どっかの有名人? の誕生日だからじゃないでしたっけ? で、ケーキ食うの」
 あれ? ちがったっけ?
 後頭部をボードの角でかいて、店員は「まぁ、そんなもんでいいんじゃないですか」とひとりで納得したのか満足げに笑う。
「ケーキ食う、口実っスよ」
 理屈なんて、こんなもの。
 きさま、絶対に適当に言ってるだろう。突っ込む気にもなれず、代金を手渡し、冊子ごと受け取ったガンダマンウエハースを丁重にしまう。
「ありがっす」
 やる気のない店員の言葉を聞き流し、ナギリは出口へと向かう。入ったときと同じく、自動ドアが開ききる前に外へと出て行く。
 ばかばかしい。下らん。まったく、無駄なやりとりじゃないか。
 両手で絞るようにくるりと筒状に丸めた冊子をすぐにでも捨てるつもりが、捨てそこなったのに気づくのは、コンビニの敷地から出た辺りだった。
 今更戻って、わざわざゴミ箱に放り込むのなんて、無駄なこと。こんなもの。筒に映る艶やかな赤い色に目がいって、ゆるくほどく。丸くて白くて赤いきれいなそれは、どっかの知らない誰かを祝うためのモノ。
 そんなわけあるか。たしか、そんなイベントではなかっただろう。それくらい、ナギリだって知っている。
 それでも、なぜかあの店員が言った言葉が、やけに耳障りに残る。
 知らないどっかの誰かを誰もが祝うというのなら、俺がカンタロウの誕生日くらい、祝ったっていいはずなのだ。
 俺だって。
 丸くクセのついた冊子を再び丸め、ナギリは夕闇の街へ歩き出した。



つまりこれは、ケーキ屋の陰謀/犬丸




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